谷内六郎挽歌


谷内六郎は今年(2001年)生誕80年、そして没後20年。週刊新潮の表紙絵を25年間描き続けたことで有名な画家です。ほのぼのとした作風の童画家として知られてはいるものの、その絵の中に不可思議な感情があることを以前から感じていました。

そんなときに谷内六郎の世界展で見た、あまり知られていない初期の作品群。ビジネスとしての意味合いが大きかった後期の絵とは違って、そこには不安と怖れと幻想の世界が、越えてはならない一線を越えてしまった世界が、なんのためらいも無く表現されておりました。溢れるほどのやさしさの中に、恐ろしさがひそんでいるという... そこで少しでもその世界に近づいてみたいとの思いから、今回は彼が若き日に病気療養した地である千葉県の外房を巡る小さな旅。クルマの後席に彼の画集をお供にして。

谷内六郎の世界展カタログ 編集発行:朝日新聞社


丸い地球の片隅で
 千葉県岬町

まずは千葉県岬町へ。岬町は九十九里浜が南に尽きるところ。九十九里浜はその名の通り千葉県の太平洋側に延々と続きます。でも一里っておよそ4kmではなかったっけ? いくら広大とはいえ400km近くも砂浜は続いてないゾ。でも念のため 「里」 という単位をあらためて調べたら、何と大昔の東日本では1里=654mだったとか。すると九十九里は65km足らずとなり、見事現実の距離とピッタリに。

その九十九里浜を断ち切る岬の突端に太東崎灯台があります。海を見下ろす高台にポツンと佇む姿が印象的なこの灯台。実は数年前の初冬にもすぐそばまで来てはみたものの、取りつけ道路がよくわからず寄るのを断念。そこで再挑戦と意気込んではみたものの、水田と集落を縫うようにして伸びる細道を道なりに進むと、今回はあっさりと入口を発見。目の前にそびえる丘のふもとからは1車線の急坂。対向車がカーブの先から現れないことを祈りながら、山道をグングン登って念願の太東崎灯台へと到着。

いざ現地に来てみればこれが予想以上な絶景。丘の上からは太平洋と房総半島が一望に。とりたてて標高が高いわけでもないのに眺望が優れているのは、周囲に高い山が無いおかげ。そう、房総半島には険しい山脈がありません。しかし半島をクルマで縦断すると、どこを走ってもくねる道に遭遇します。おまけに大雨が降ると、ちょっとした小高い山がすぐ土砂崩れして鉄道も不通になってしまうし。手がかからなそうでいながら意外と扱いのムズカシイ房総半島。

実際こうして高台から遠くを眺めると、山と名乗っていいですかあ?と遠慮がちに存在を示す起伏がダラダラと連なり、いかにも 「らしい」 パノラマが展開。一方眼前にはこぢんまりとした灯台がポチッと佇みます。キミは高台にあるから無理して背伸びしなくてもイイんだヨーということなのでしょう。

丘から見下ろす風景
木々に囲まれた灯台
太平洋と房総半島
太東崎灯台

ベンチがある以外にはトイレも売店もないふつつか者ですけれど、丸い地球の片隅で今日も絶景というおもてなしを用意してそっと佇んでいます。かしこ。


パノラマ ▼太東崎灯台からの眺望

灯台をあとにして前回来た海辺へ。あのときは眼前の灯台を見上げ、季節外れの誰もいない海辺は、にび色の波しぶきが我が者顔でザッパーンとやっておりました。しかし今日は好天ということもあって、ジェットスキーを楽しむ人がいたり、釣り人達でにぎわったり。その全てを包むのは波間をキラキラさせてくつろぐエメラルドグリーンの海

浜辺のすぐ脇には、こんもりとした山が
静かな海
この山の上に灯台がある
エメラルドグリーンの太平洋


六郎ワールドをクルマでなぞり書き
 千葉県御宿町

太東崎からR128でさらに南下。海鳥が舞う・小径をおばあちゃんが後ろ手に歩く。その飾らぬ漁村・農村風景をお供に、クルマは御宿(おんじゅく)町へ。

御宿には広大な砂浜があるため、昔から海の保養地として人気があったようです。そして谷内六郎が少年時代に、持病であるぜんそくと強迫神経症の病気療養のため、夏のあいだ滞在していた町。

最近発行された自伝小説 「北風とぬりえ」 の解説によると、彼が若き頃は病身ということもあり、どこへ行っても社会からつまはじきされるツライ出来事ばかり。苦い思い出をつづったそれを発行するのはもう少しあとにしたいと、本人は生前ためらいを感じていたそうです。しかしこの土地に初めて来たときのことが書かれた章は、自伝全体を支配するモノトーン調から一転、その景観と今まで味わったことのない人々の温かさにより、鮮やかな色彩となってクッキリと浮かびあがるのです。

また週刊新潮の創刊号(昭和31年)は、御宿をモチーフにした絵で飾られました。彼にとってそれほどまでに特別な想いのある御宿。そこでひとまず、彼も何度となく降り立ったであろう御宿駅へ。ひなびた駅舎を眺めていれば、気分もだんだん谷内六郎の世界へ...

こじんまりとした駅舎
サンドベージュの砂
JR外房線 御宿駅
美しい砂浜

その後砂浜へ出ると、あれ?遠くにラクダのブロンズ像がある! なぜそんなものがあるかと言えば、童謡 「月の砂漠」 は、画家・詩人の 「加藤まさを」 がこの砂浜を見て作詞したものなんだとか。このオブジェが周囲の風景を 「保養地」 から 「リゾート」 に変えてしまっているので、「ひなびた御宿」 は一瞬にしてガラガラと音をたてて崩れてゆきました。こうなればせめて気分だけでも 「保養地」 にしたいところ。そこで後席から谷内六郎の画集を取り出し絵と風景と見比べ、彼と同じ風景を見ているんだなあ。と勝手に盛り上がってみたりします。

砂浜の真ん中に佇む像
画集を広げる
ラクダに乗った王子とお姫さま
絵と風景を見比べるの図

御宿をモチーフにした谷内六郎作品はまだまだあります。昭和19年には「上総御宿」(かずさおんじゅく 上総=房総半島を中心とした旧国名)という高台から街を見下ろした風景画作品を発表。そのページを見ながら、この川はさっき渡った。ホテルやリゾートマンションが建ち並び、街並みはさすがに変わっちゃったけど、さっき通ってきた集落はどことなく面影が残っていたなあ。おや、塔の絵が描き込んであるけど、半世紀以上経った今でもここから見えるゾ。何だろう。


風に吹かれて名残りを惜しみ
 千葉県御宿町

海岸線からも塔が見えている
さっき走ってきた道が眼下に見える
丘の上に建つ謎の塔
急坂をグングンと上る

町外れの丘にそびえるその塔。清掃工場の煙突のようでもあるけど、昭和19年に清掃工場などあったのだろうか? とにかくクルマを走らせることに。塔の真下にあるトンネルをくぐって入口を探すものの、それらしきところは見あたらず。クルマでは行けないのだろうかと思いかけた瞬間、入口の標識を発見し左折。急坂の途中には、落石で粉々に砕け散ったカーブミラーが放置されておりました。そんな光景を目の当たりにして、房総は穏やかな地形なのか険しい地形なのかますます謎は深まりつつ、丘のてっぺんへと到着。

塔の手前にはロペス・メキシコ大統領来訪記念碑という石碑があり、それによると昭和53年にメキシコ大統領が来訪した記念碑だとか。するとその先にそびえる塔は絵に描かれたものとは違うということに。あとはせっかくここまで来たんだから、ついでに塔でも見てあげるかと歩いて行くと、また別の案内板が建っている。それによるとこの塔はメキシコ塔とのこと。あっ、昭和3年に建立したと書いてありました。


参考資料 ▼メキシコ塔由来記

高くそびえる塔
メキシコ塔

青空の下、描かれてから57年の歳月を経た絵の筆使いを確かめる。こうして彼の絵の世界に触発されてここまでやってきたのです。フランスの画家レイモン・ペイネが日本のシャガールと評した谷内六郎の絵。しかしその絵は、彼の大ファンでもあった横尾忠則氏が死を暗示しているものだとも語るもの。

彼はエッセイなども豊富に書き残しており、その中には現実を越えた世界のことを真剣に案じたりする話も出てきます。それは他人にとつとつと語るとバカにされたり、診てもらったほうがいいと言われたりと、ちょっと情けないエピソードとして。しかし考えてみてもくださいな。現実に起ることしか信じないという人でも、ことあるごとに縁起をかついだり、初詣に行くということは普通のこと。それは本人が無意識のうちにも現実を越えた世界の怖れを感じとっているからこその証明と言えなくないでしょう。

何度となく生死をさまよい、ときには病苦から自殺をも図った彼。そして唯一の希望の光だった絵を描くということ。そんな境遇を経て生み出された画文は、核心を求める者にはいつでも素直にその扉を開く。不安という闇と共に見失いそうな希望と安らぎをひきつれて。

潮風吹く丘の突端に歩み寄れば、山かげの向こうに太陽に照らされてキラキラ輝く海と御宿の街並み。その明るみと暗がりはまるで彼の世界と二重写しのように。

高台から見下ろす御宿の街並みと太平洋

見えないけれど確かにそこに何かがある
人間の光と陰の狭間に


参考資料
● 絵の詩人 谷内六郎の世界展カタログ ・・・朝日新聞社
● 芸術新潮 2001-5
 特集 没後20年記念 谷内六郎 いつかみた夢 ・・・(株)新潮社
● 広告批評 2001-4
 谷内六郎という人がいた(横尾忠則 天野祐吉 対談) ・・・マドラ出版(株)
▼ 谷内六郎文庫 全3巻 ・・・マドラ出版(株)
 (旅の絵本/遠い日の歌/北風とぬりえ)
 ↑ 1冊選ぶならば 「北風とぬりえ」 がオススメ
● MOE 2001-9 谷内六郎の幻灯 ・・・(株)白泉社
▼ 「小説新潮」コラム[腹立ち日記]


お出かけマップ



房総半島の太平洋側にある岬町と御宿町


− 谷内六郎挽歌 おわり −





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