RENAULT4 Collection


2003年2月8日〜4月6日 東京都東村山市・東村山ふるさと歴史館において、素晴らしき自動車趣味の世界展 〜フランスの大衆車・ルノー4◆コレクション〜が開催されました。

R4のオープンカー RENAULT4
PLEIN AIR
ラインナップの大半がFF車で占められるイマドキのルノー。そのルノー製乗用車で初の前輪駆動車がこの R4(キャトル)。そして乗用から商用まで多用途に使える、今や珍しくないマルチパーパスカーを、40年以上前に実現してしまったクルマ。おまけに乗り心地追求のためなら、左右でホイールベース長が違ったっていいじゃないかという大胆な割り切りかた。それはまさに、恐れず、ひるまず、とらわれずという、目的を実現するためには手段を選ばないフランス人のためにある言葉通りに生まれたクルマです。

ルノー4コレクション展。それはある時代、フランスの風景の一部となったクルマの世界へのいざない。


小物から漂うキャトルへの愛


カラフルかつ膨大な量のR4ミニカー
<< 圧倒的な量のミニカーたち。モノを集めだすと次第に手持ちのモノとダブることが多くなり、収集労力が増す。それは富士山のすそ野はなだらかなのに、山頂が近づくにつれ傾斜がキツくなるように。こりゃ大変な努力の跡だあ。



>> 奥の大きなモデルは布のキャトル。手前は紙のキャトル。そのほか木のキャトルなんてのもあり。実車がフォトジェニックだとモデルの制作意欲も増すのだろうな、とルーテシア乗りはうなずくのであった。
布製のR4モデルと紙でできたR4モデル



赤茶色に変色した設計図面が展示されている
ルノーより日本のキャトルのクラブが譲り受けた77年の設計図。一緒に添えられていた手紙には 「これで私達はもう、キャトルを作る事が出来なくなりました」 と書かれていたといいます。なんともフランス人らしいエスプリの効いたニクイ言葉がつづられているではありませんか。

このほかこの会場内でしか見ることができないという、門外不出のプロトタイプの貴重な写真も展示され、傍らに撮影禁止の文字が。ということで残念ながらここにその写真を載せることはできません。プレネールのように側面にドアが無いモデルでした。とだけ記しておきましょう。


フランス人もビックリの数々の品


壁に取り付けられた歴代R4のグリル+ライト+バンパー
<< フロントマスクだけで5種類も。それというのも61年にデビューしてから、92年に生産停止するまで、じつに30年以上も作られていたゆえ。環境対策や衝突安全性など、複雑化する一方の今の自動車業界では考えられない、のどかな時代でもありました。



>> ここに写っているカタログはごく一部のもの。カタログの変遷を見ていると、デビュー当初は家族向けを狙っていたものの、70年代以降には若者向けのカーライフ入門車と、ときと共にターゲット層が変わっていったことがハッキリとわかります。
壁に貼り付けられた数々のR4カタログ



博物館の一角に実車やミニカーなどが並べられている
展示ブース入口から眺めたところ。奥のショーケースはミニカーの展示スペース。会場中央に初期型キャトルが展示されていると思いきや...


幻のルノー3は世界にわずか4台


ドアがない車両のため運転席が丸見え
<< 会場入口脇に展示されていた R4 のオープンバージョン PLEIN AIR(プレネール)。サイドエアバッグも当たり前の時代では考えられない、ドアの無いサイドビュー。全身丸見えの嬉しハズカシなスタイルでドライブするのはどんな気分?



>> R4 のようで R4 でない。なんと最初期に2526台のみ生産された R4 の廉価版 R3 (トロワ)。現在ではこれを含めても、世界で4台しか存在が確認されていないそうな。この個体はドイツの田舎の納屋で朽ち果てていたところを98年末に発見。それが日本で新車のようによみがえりました。
展示ブースの真ん中に鎮座するピカピカに輝く白いR3
▼ RENAULT3



若者たちがR4を取り囲んで楽しそうにしているポスター
数々のカタログ/ポスターのなかで、目に留まったのは、この 「la nouvelle RENAULT」 と書かれた、R4 デビュー当初のものと思われる白黒のイラスト。

この絵からは、ルノーのこの新鋭大衆車に対する当時の熱意を感じるものの、モデル末期の頃になると、ルノー社内の中には時代遅れなクルマということで、冷ややかに見ていた人もいたと聞きます。

そんななか、日本では R4 生産終了前年の91年にクラブ・ルノーキャトル・ジャポンが発足。いっぽう本家フランスでは当然昔からクラブがあると思いきや、実は数年前にようやく発足。彼の地ではあまりにも生活に密着した道具だったので、趣味の対象とは思われていなかったんですね。そう、人は身近にあるものには意識は向かず、無くなって初めてその価値に気づくもの。

ここに展示された R3 は、クルマに貼られていた車検ステッカーから、90年代前半まではフランスで現役だったらしく、おそらくボロボロになるまでコキ使われていたのでしょう。それがキャトルに憧れを持つ人々が暮らす、遠い異国の地へはるばる運ばれて新車のごとく息を吹き返し、コレクターズアイテムとして前世(?)とは正反対の価値観を与えられたのだから、運命とは面白いもの。

使ってナンボの実用車だっただけに、ほとんどの個体が老朽化と共に廃車の運命をたどってしまった R3。奇跡的に生き残った実車を前に、こう声を掛けたくなったのです。

長い間おつかれさま。もうキミは馬車馬のように働かなくていいんだよ、と。


参考 ▼ Club RENAULT 4 JAPON ▼ 東村山ふるさと歴史館

※補足
クラブルノーキャトルジャポンのサイトで R3 のレストア日記を公開する予定。


− ルノー4コレクション展 おわり −





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