2002 FIFA World Cup (1)
| (1) W杯日本初勝利の日 | (2) W杯決勝戦の日 |

2002年5月31日〜6月30日に日韓共催で行われた FIFA ワールドカップ KOREA JAPAN は、ブラジル5度目のW杯優勝で幕を閉じました。

青空の下の横浜国際総合競技場
6月9日の横浜国際総合競技場

カメルーンのキャンプ地(大分県中津江村)大遅刻騒動の話題で始まった今大会。笑顔でやってきた彼らの鷹揚さと、スケジュールが狂って右往左往する日本側が何とも対照的でした。時間の観念が薄い点に覚えがある身には、テレビ各局が揃って彼らのことを好意的に報道していたのを見逃しません。減点主義のこの国では時間にルーズ主義はデメリットばかりがクローズアップされちゃいます。でもその鷹揚さが社会に潤いを与えたり、時間の制約を受けずに納得のいくモノが作りやすいなど利点がたくさんあることを、この場に乗じてアピールしておきたいです。カメルーン万歳!?

さて、6月9日は日本がロシアを相手にW杯初勝利した日。そして6月30日の決勝はドイツ×ブラジル。そのいずれの舞台も横浜国際総合競技場で、会場の熱気は外からもありありと伝わってきました。


好天に恵まれたW杯初勝利日


>> 日本×ロシア戦当日は抜けるような快晴。競技は夜からなので、昼下がりの沿道は観戦者の姿はまばら。目立つのは要所要所に立つ警官の姿。粗相をしてキップを切られないような運転を...
路肩に警官の目が光る



青いユニフォームを着た観戦者がスタジアムを目指す
<< 夕方になると新横浜駅前から観戦者が、スタジアムを目指して続々と集結。当然青のユニフォームだらけ。



人であふれかえるスタジアム前
THE INTERNATIONAL STADIUM YOKOHAMA
日本×ロシア直前 あの興奮の瞬間まで2時間を切った

稲本のシュートにより 1-0 でW杯初勝利を納めた日本。大阪では名物の(?)、道頓堀川飛び込みが相次ぎ、外国人記者も大人しいと思われていた日本人のハシャギぶりに度肝を抜かれたようです。関東でも神田川、目黒川と飛び込むにはお手頃(?)な川はたくさんあるけれど、そこはそれ体裁を気にしてハメを外しきれない関東人のこと。飛び込んだというニュースはついぞ聞きません。均質だと言われる日本人でも地域によってこれだけメンタリティが違うのだもの。国によってサッカーのプレースタイルが大きく異なるのも思わず納得。


裏方さんは目立ちたがり


>> ここからは決勝前日のレポート。翌日の決勝戦では各国から要人が集まるので、一段と警備が強化。またスタジアムの周囲にもフェンスがぐるりと張り巡らされ、チケットを持たないものが潜り込まないように対策済み。
白バイが10台ほど連なりスタジアムにやってきた



富山県警察と書かれたベストを着た5人の警官が巡回する
<< 富山... 日本全国から各スタジアム周辺へ警察官が集結。外国人からは楽しみに来ているだけなのに、神経質になりすぎだという声もちらほらと。遠い極東の国に来てまでひと暴れしようと考える人はいなかった。



電光掲示板に“ワールドカップ決勝まであと1日”と表示されている
あっという間の1ヶ月


街はワールドカップ一色


>> 新横浜駅前に立てられた日韓英の3ヶ国語併記の案内版。海一つ隔てただけでこれだけ文字が違い、しかもさっぱり読めない近くて遠い国。W杯共催効果はいかに。
柱に取り付けられたスタジアム案内板



赤と青のリボンに願いが書き込まれ、格子にたくさん結びつけられている
<< 駅そばのサッカーグッズ販売店の一角に設けられた、願いを託すメッセージリボン。ゲームが行われるスタジアムがすぐそばにあるこのお店は、さぞや繁盛したことでしょう。



試合がある時間帯は、みんなテレビの前で固まっていたおかげで、道路も街も盆暮れ正月のように見事にガラガラ。今回サッカー熱中症患者が急増したけれど、症状の出方は急性の人が多かったハズ。じんわりと進行していく病気は治りが遅く、急性の病気は治りも早い傾向あり。今回のサッカー熱が慢性になるか否かを決めるのはJリーグ次第よ。


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