MUSEO ALFA ROMEO


2001年8月4日〜19日 パシフィコ横浜において 「日本におけるイタリア2001年」 の一環イベント 『 ムゼオ アルファ ロメオ -The Essence of Beauty - 』 が開催されました。

会場全景

大多数の日本人が、あこがれのイタリア車と言って真っ先に思い描くのはフェラーリなのでしょう。しかしフェラーリを設立したのは、元アルファロメオ・レーシングドライバーのエンツォ・フェラーリ。言うなればアルファは歴史ある旧家。そして松本葉/著の「伊太利のコイビト」 (NTT出版)によると、イタリア人は自国のクルマの中でアルファロメオを一番愛しているんだとか。

そのアルファ創生期のモデルを含む貴重な20台が、イタリア・ミラノ近郊のアルファロメオ博物館から、遠路はるばる日本へ運ばれてきました。国内ではお目にかかれないクルマがズラーッと勢揃いしているさまは、華やかさばかりではなく、ヨーロッパのメーカーらしいある種の重さをも感じさせるのです。


初っぱなからイタリア全開


>> 会場の演出はイタリア人が担当したとか。その最初の順路にあるトンネル。足元を照らすライトにアルファのロゴが浮かび上がり、左右に動きまわるという洒落た構成。通路の両脇には小窓があり、各種の展示物が飾られています。
未来的な空間演出



木製の小道具を陳列
<< その小窓の展示物の一部。ひより村の職人・留吉どんの仕事道具って感じだけど、これは何に使うものなのでしょう。イタリアらしく演出に凝ってはいるものの、肝心の解説がないお茶目さに、いきなりしてやられました。



工場内の写真と三面図
往時のシーンの写真や設計時に書かれた図面も豊富に展示。図面を見て完全に自分の世界へ入りきっていた人もちらほらと(^^;)


古き良き時代のアルファ


>> 1930 6C 1750 GRAN SPORT。'30年のミッレミリアで優勝したマシン。1752cc 102ps/5000rpm 最高速度170km/h
真っ赤なクラシックカー



赤いレーシングカー
<< 1951 GRAN PREMIO 159。F1世界グランプリを獲得したモデル。タイヤの細さに時代を感じさせるものの、1479cc 425ps/9300rpm 最高速度305km/h とエンジンは近代的。



>> 戦前のアルファは超高級車メーカーであったことを伝える、ため息が出るほどエレガントなスタイルの 1949 6C 2500 VILLA D'ESTE。日本でアルファといえば 「赤に決まってるじゃないか」 みたいなことになっているものの、こんなシックな色のモデルもタマリマセン。
シルバーの2ドアクーペ



上記の 6C がアルファが超高級車メーカーとして輝いていた末期のモデル。昔のアルファは現在のフェラーリのような、ごく限られた人たちに向けたクルマ造りをしていました。しかしそれゆえ販売台数も極めて少なく、深刻な経営難になりました。これらの理由もあって、1950年に発表された1900というモデルを分水嶺にして、以後アルファは庶民にも比較的手が届きやすいモデル造りに変わっていくわけです。そんなさま変わりを目の当たりにした当時の人たちは、アルファロメオは終わったと嘆いたとか。

パーティ会場に大型アルファが横付けされ、ドアボーイに出迎えられたシーン
古き良き時代をうかがわせるポスター

アルファで一つ忘れてはならないのは、80年代半ば過ぎまでは国営企業(1933年から)であったこと。常識的に考えれば国が 「オイ、おまえさんはもっと堅気になって大衆のための実用車を造りなさい」 と指導するのが筋であろうに、実際には 「アルファがレースをしないでどうする!」 と国営にもかかわらず高級車やスポーツカーばかり製造。これって 「安全のためスピードは控えめに」 の国から見ると、パスタやエスプレッソ以上にイタリアという国らしさが表れた史実といえるでしょう。恐るべしイタリア人。日本にもクルマにかける情熱をちょっとばかり分けてくれタモーレ。


アルファといえばエンジン


Alfa Romeo の刻印が見える
<< アルファといえばエンジン命。オールドアルファから最近のモデルのエンジンまで大量に展示されていました。これは 1975 33 TT 12 のもの。水平対向12気筒 2995cc 500ps/11000rpm 最高速度330km/h。



>> アルファロメオのデザインセンター 「チェントロ・スティーレ」 の各種作品群。奥に見えるステアリングは木を削り出したもの。
スタディモデルのミニカーやステアリング



シックな雰囲気のカフェ
展示車を見渡せる会場の一角に設けられたカフェ


アルファの灯火 戦後に再び輝いた


フェラーリっぽいデザイン
<< 1968 33.2 STRADALE。美しいボディラインを持つこのクルマも、イタリアのお役所仕事(?)によって造られたもの。うっとりと眺める人も多くて、今回展示されたクルマの中でも白眉と言えるでしょう。



>> 1963 GIULIA TI SUPER。思いっきりカクカクしたセダンで、最初から追突されているかのような凹んだリア。一見ヘンに思えるモノを生み出すのも、また美の求道者イタリア人の一面。これって果物は腐る直前が一番美味しいのと同じ原理でしょうか。
リアが押しつぶされているかのような格好



曲線美を誇る2台
<< 手前は 1963 GIULIA SPRINT SPECIALE。奥はプロトタイプの 1996 NUVOLA。ヌヴォラの玉虫色は後に量産モデルのカラーにも採用(ただし塗料代27万円・・・)。ヌヴォラが、いにしえのあの人が忘れられなくて。と語ったのか、同じステージに過去と現代を結び合わせ。



アルファは70年代以降、国の経済衰退に歩調を合わせるかのように再び経営悪化。80年代前半には、日産との合弁事業に手を出すものの見事失敗。このプロジェクトではパルサーのボディに、アルファスッドの水平対向エンジンを載せた、アルナという珍車も誕生。この頃は名門アルファも、なりふり構っていられぬ苦しい時代でありました。そして1986年にフィアットに救済買収されて民営化。フィアットから 「今後は採算度外視の設計はまかりならぬ。我が社のシャシーを使って開発せよ」 とのお達しが出つつ、現在に至るわけです。


そして新時代のクルマへ


>> 1993 155 V6 TI (DTM)。もしクルマに興味が無い初対面の人に、これは族車とどう違うの?と聞かれたら 「昼活動するか夜活動するかの違いです」 と、さらっと言えればあなたもイタリア人だ・・・よ?
ベタベタに落とされた車高とラッセル車のようなスポイラー



赤の147に群がる人々
<< このイベントで初デビュー、正規モノ147・セレスピード・5ドア。内装は黒革。大勢の人が取り囲み、数々の名車よりこれが一番人気。結局は花よりだんご? 156に次いで大ブレークの予感。



以上、歴代アルファの数々の名車を、はしょりつつ紹介しました。戦前の超高級車メーカーから凋落一方で、何度となく倒産の危機に陥ったアルファロメオ。着目すべきはそんな境遇にあっても多くのイタリア人がアルファを見放すことなく、現代イタリアの象徴としての思いを保ち続け(これ肝心)、それゆえこうして生き残ることができたのでしょう。

歴史的建造物に囲まれて生活しているけれど、俺たちにだって過去の遺産に負けないようなモノを作りたいんだ。FFのクルマしか造れなくなっても、そんなことでメゲてたまるか。魅力的なクルマを作り続けてやるんだ。ワインばかり飲んでいるわけではないゾ。飲んでいる合間に(^^;ちゃんと考えているんだ。というイタリア人の執念というか、ド根性というか(お気軽と思われているイタリア人に何て似合わない言葉だ)。その結果、流行りすたりの早い現代にあって、後生に語り継げるモノを生みだし続けられると。こう考えるとイタリア人って物事をすごく真剣に考えているのがわかるでしょ。

そんなクラシコ(高雅な)・イタリアの世界が残っていることに感謝して、アルファといえば欠かせない華、それはクラシコに呼応するナデシコ、大和なでしこで締めたいと思います。

アルファレディ
ナデシコ ジャポネーゼ


オマケ ▼ 古い広告ポスター ▼ たくさんの展示車
広告ポスターの中にはマグリット作あり


− MUSEO ALFA ROMEO おわり −





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