川崎球場 静かなる終焉



2000年3月いっぱいで、プロ野球で数々の記録を生んだ川崎球場が閉鎖されました。これに先立ち 3月26日(日)に、横浜vs千葉ロッテ のオープン戦で、この球場最後の花道を飾ったのでありました。ちなみに両球団共にここが、かつての本拠地という心憎い演出なんですよ。

川崎球場 正面
哀愁漂う晩年の川崎球場

この球場は1952年に完成。1955〜77年が大洋ホエールズ(懐かしい...)、1978〜91年がロッテオリオンズの本拠地でした。いまどきのツルンとしたドーム型球場とは正反対の、人間味を感じさせるなんともいえない佇まい。90年代初期にロッテが 「テレビじゃ見れない川崎劇場」 と宣伝していたのが思い出されます。ここ何年かはひっそりと余生を送っていたものの施設の老朽化も確実に進み、今後は取り壊されることになります。


川崎球場 最後の1日


この日は特別何があるという訳でもなく、閑散としていました。

いちばん右上の画像は球場南側からの撮影で、ライトスタンド側になります。ご覧の通り、狭い道路を挟むとすぐに住宅街。現役時代の王貞治が場外ホームランを打った際、民家のガラスを割ったという逸話もこれを見れば納得。場内が狭くて、強打者にはたまらない球場でしたが、ピッチャーにとっても、これまたたまらない球場でありました。

川崎球場 遠景 球場と道路を挟んで住宅街
川崎球場外野入口 川崎球場入場ゲート
球場わきのいい味出してるラーメン店 永い間ありがとうございました。。。ラーメン店前に掲げられた張り紙
このラーメン店は球場の名物でした。某プロ野球選手も川崎球場の思い出は?と聞かれて、試合のことではなくここのラーメンが美味かったと言ったとか。



入場ゲートから見た球場
大洋が去り ロッテが去り そして誰もいなくなった

高度成長時代に重化学産業で輝いていた川崎(市南部)。そこで働く労働者の娯楽としての野球観戦も活況があったようです。しかしオイルショック以降の社会・経済構造の変移によってバブルを待たずして、産業の転換期を迎えることに。90年代に入り日本は不況と言われて久しいですが、ある意味この街は時代を先取りしていたのかもしれません。流行という言葉には縁遠そうな川崎が、というのも皮肉なものですが。

ああそんな人もいたねぇなんて言われそうなキャラクターのこの球場。そっとフェードアウトするかのように居なくなるところなど、全く最後の最後まで川崎が染み付いたヤツです。


照明を見上げる
さよなら 川崎球場


− 川崎球場 静かなる終焉 おわり −





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